母性を求めて

母性を求めて



休日の前の日に早く寝ようが遅く寝ようが朝寝坊してしまうようだ。早起きは、三文の得というけれど、私は休日に早起きすると損した気分になる。

可能な限り眠っていたいようだ。限りなく限りなく、果てしなく、果てしなく、眠っていたいようだ。 なにもしたくない。なにもせずに眠っていたいようだ。

☆☆

気分にムラがありすぎるというか、感情の起伏が激しすぎるというか、情緒が安定しないというか、気がおかしすぎるというか、 そんな好ましくない性質を持っているので、そういう好ましくない性質を持っている母親を持つ子供たちが時々不憫になる。

かたじけない。かたじけない。かたいじけない。申し訳ない。 自分が子どもだったらこんなお母さんイヤだろうなあと思う。

私の母も夫の母も、本当に母親らしい愛情にあふれた人だ。

私もできればそんなふうになりたいと思うけれど、なれそうにない。 彼女たちは、なろうと思ってそうなっているわけではなく、もともとそういう母親らしい愛情があたりまえのものとして自然に備わっているようだ。

どうも私には、そういうものが備わっていないようなのだ。 母親らしい愛情にあふれたお母さんに育てられたというのに なんてザマだと思う。 なんてザマだと思う。 無理して母親らしく振舞おうとしなければ 母親らしさがみじんも出てこないなんて やっぱりおかしいのかもしれない。

☆☆☆

人並みの母親らしく人前で振舞っている我は偽善母 偽善母というのは、私の造語だ。偽善者をもじってつけてみた。 しかし母性本能は、本来は、人間に備わっているものではないらしい。本能というのだから、備わっているような気がするけれど、どうでもそうではないらしい。 それを知って、少し安心した。って、安心する類のものではないのかもしれませんが。

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